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東京地方裁判所八王子支部 平成7年(ワ)801号 判決 1998年1月21日

原告

飯岡茂樹

被告

大林道路株式会社

ほか二名

東京都

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは原告に対し、各自五〇〇〇万円及びこれに対する平成五年二月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、補修工事中の道路を自動二輪車で運転中転倒負傷した原告が、この事故原因は道路管理の瑕疵にあったとして、右工事の施工業者である被告大林道路株式会社(以下「被告大林道路」という。)及び同株式会社加藤工務店(以下「被告加藤工務店」という。)、右工事の監督者である被告財団法人東京都新都市建設公社(以下「被告公社」という。)に対して民法七一七条一項に基づき、右道路の管理者である被告東京都(以下「被告都」という。)に対して国家賠償法二条一項に基づき、それぞれ損害賠償金の一部請求をした事案である。

一  争いのない事実及び前提事実

1  原告は、左記の交通事故(以下「本件事故」という。)により負傷した。

(一) 日時 平成五年二月一二日午後一〇時五〇分ころ

(二) 場所 八王子市下柚木二一七八番地先路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 車両 自動二輪(1八王子め・333 以下「本件車両」という。)

(四) 運転者 原告

(五) 事故の態様 原告が本件事故現場を含む都市計画道路都道八王子三・四・八号線(以下「本件道路」という。)を本件車両で運転走行中に本件事故現場で転倒負傷した。

2  本件道路は、被告都が管理する道路であり、本件事故当時、八王子市上柚木の前田橋交差点から同市堀之内の大栗川橋交差点までの区間(以下「本件工事区間」という。)、アスファルト舗装道路面を一度削って再び舗装し直す工事と歩道と車道の間に樹木を植栽する工事が行なわれていた。

右工事は、被告都が被告大林道路と同加藤工務店の共同事業体(以下「被告事業体」という。)に発注したもので、被告公社が被告都から業務委託を受けて工事の監督等を行っていた。

3  原告の負傷の状況及びその後の処理

原告は、本件事故後直ちに救急車で北島整形外科に搬送され、左腕神経叢損傷、右肺上葉挫傷、左第五中手骨々折等との診断を受けて入院し、さらに同年三月二二日から東京大学医学部附属病院に入院するなどして治療を受けたが、平成六年二月ころ症状が固定し、左上肢機能障害(全廃)と診断された。(甲二の一)

被告公社多摩ニュータウン区画整理事務所に勤務し、工事監督業務担当主査の高橋亮二及び被告大林道路の担当者藤井誉伸らは、平成五年二月一五日、本件事故の報告を受けて原因の調査を開始し、原告の父親飯岡茂や事故現場に立会し見取り図を作成した警察官らと面会して事情を聴取し、飯岡茂からの標示板が少ない旨の指摘を受けて本件道路近辺の標示板設置状況を確認するなどした。その後右高橋は、右事情聴取の結果に基づいて、原告がガードパイプの支柱に激突して負傷した旨の事故報告書(丙八の一)を作成した。(証人高橋亮二の証言)

被告大林道路は原告に対し、本件事故について、同年三月二六日、一六万五二〇〇円、同年四月二六日、二八万九〇七〇円をそれぞれ支払った。

二  主要な争点

1  本件事故の態様及び本件道路の管理の瑕疵の有無

2  原告の負傷、損害額及び過失相殺

三  争点についての当事者の主張

1  争点1(本件事故の態様及び本件道路の管理の瑕疵の有無)について

(一) 原告

原告は、本件車両を運転して本件道路を走行中、本件事故現場の道路中央付近に存したマンホール(以下「本件マンホール」という。)蓋と切削されたアスファルト路面との間の約八センチメートルの段差に乗り上げ、このためにバランスを崩して転倒し、車道と歩道の間に存した支柱(ガードパイプの横棒が取り外されて垂直となっていた。)に激突して負傷した。

本件事故原因は、本件マンホール蓋の段差の周囲に十分なアスファルトの擦り付け工事が行われておらず右段差が解消されていなかったことと、右段差について注意を喚起するための標識や夜間でも視認し易くするための段差部分のペイント等必要な設備が設置されていなかったこと、車道と歩道との間のガードパイプの横棒が撤去されて垂直な支柱のみが露出しているという危険な状態で放置されていたことにあったのであるから、本件道路の管理には瑕疵があったということができる。

(二) 被告ら

原告の主張するように、本件事故原因は原告が本件マンホール蓋と路面との段差に乗り上げたためであったか、原告の負傷はガードパイプの支柱に激突したために生じたかはいずれも明らかでない。

本件マンホール蓋と路面との段差は、約五センチメートルであり、右マンホール蓋の周囲には十分なアスファルトが斜面状に擦り付けてあって段差は解消されていたし、段差等について注意を喚起するための標識も十分に設置されていた。また、ガードパイプの支柱も、先端が円くなった円筒形のもので、植栽のために耕された地中に埋め込まれていただけであったから、特に危険ではなかった。したがって、被告らの本件道路の管理に瑕疵はない。

2  争点2(原告の負傷、損害額及び過失相殺)について

(一) 原告

(1) 原告の負傷 左腕神経叢損傷、右肺上葉挫傷、左第五中手骨骨折、下顎・左肩・左前腕、左膝打撲・擦過傷、胸部打撲

(2) 損害額 九三八三万九七八四円

<1> 治療関係費 三五万〇四〇〇円

<2> 後遺症による逸失利益 七二九四万三六五四円

<3> 慰藉料 一六〇〇万〇〇〇〇円

<4> 弁護士費用 五〇〇万〇〇〇〇円

<5> 小計 九四二九万四〇五四円

<6> 損益相殺 四五万四二七〇円

(二) 被告ら

本件事故の原因は、原告の運転技術の未熟さなどにあり、相応の過失相殺がなされるべきである。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件事故の原因及び本件道路の管理の瑕疵の有無)について

1  証拠(甲一、四、九及び一〇、一二の一及び二、一五、乙一ないし四、六ないし一〇、丙一、三、六及び七、八の一及び二、九ないし一一、丁三、証人飯岡茂<但し、後記認定事実に反する部分を除く。>、同藤井誉伸、同高橋亮二の各証言、原告本人<但し、後記認定事実に反する部分を除く。>の供述)によると、以下の事実が認められる。

(一)(1) 本件道路は、片側二車線の中央分離帯のある道路であり、平成四年一〇月ころから、本件工事区間(約二キロメートル)について、被告事業体が舗装路面の補修工事を行なうこととなり、被告都から工事監督等の業務委託を受けた被告公社との間で工事の具体的打ち合わせを行った上、被告事業体は、補修が必要とされた部分について舗装を仕直すために舗装表面を約五センチメートルの厚さで機械によって切削した。このために、切削された路面は粗雑となっており、未切削の路面やマンホール蓋との間に生じた約五センチメートルの段差には、アスファルトが斜面状に擦り付けられていた(なお、右区間には、切削路面とマンホール蓋や未切削路面との段差がそれぞれ数十か所ずつ存した。)。

前記高橋亮二は、本件工事区間を度々見回り、被告事業体に対して工事について口頭や書面による指示を行っていたが、平成五年二月四日にも擦り付け工事の安全管理等についての指示書を被告事業体の工事担当者に渡していた。

(2) 右工事区間のうち大栗川橋交差点から八王子市役所由木事務所付近までは、自動車販売店、ファーストフード店、マンション等の照明により比較的明るかったが、右事務所前付近から本件事故現場までの間には建物は少なく、外灯以外の照明は少なかった(なお、八王子市役所由木事務所前から本件事故現場までの間の原告の進行方向車線で、マンホール蓋による段差が九か所、切削路面と未切削路面との段差が六か所存在した。)。

(3) 本件事故現場は、やや右に緩やかにカーブしているものの、ほぼ平坦な道であり、その先は大田平橋交差点となっている。

本件マンホール蓋は、平成五年一月一九日の路面切削工事により切削路面との間に約五センチメートルの段差が生じたため、同日、その周囲に車両進行方向の前後にそれぞれ約一・一メートル(斜面の傾斜が約五パーセント以下)、左右にそれよりもやや短く楕円形になるようにアスファルトの擦り付け工事が施工され、本件事故当時までに二〇日以上が経過し、多少の摩耗が見られたもののマンホール蓋前部の擦り付けはほぼ右工事当時の状態にあった(以上の認定に反する原告の供述及び証人飯岡茂の証言は採用できず、原告の主張する、右段差が八センチメートルあったとか、右擦り付け部分は一メートル未満でその周辺部分は欠落し段差が生じていた、本件事故後補修された等の事実はこれを認めるに足りる証拠はない。)。

また、本件マンホールの車両進行方向の左側前方五・四メートルの歩道上に外灯が設置されており、本件事故当時、雨は降っておらず、路面は乾燥していた。

(4) 本件事故現場付近の車道と歩道の境には、土中式のガードパイプが設置されていたが、歩道の植栽工事が終了したため取り外しの工事が行われており、本件事故当時は、横棒が撤去されて垂直の支柱のみが等間隔で残存していた。

(5) 本件工事区間には、工事を行っていることや段差があることを注意する標示板が数か所設置されていたが、本件事故現場付近の原告進行方向車線には、標示板等は設置されていなかった。

なお、工事区間中の段差等の存在を表示して注意を喚起する方法としては、標示板の代わりにもしくは標示板に加えて段差部分にペイントを施す方法もあるが、本件工事区間については行われておらず、一般的に必ずしも普及しているとはいえない。

(二) 建設省事務次官通達である「建設工事公衆災害防止対策要綱(土木編)」によると、本件のような舗装路面の切削工事にあたっては、「やむを得ない理由で段差が生じた場合は、五パーセント以内の勾配ですりつけるものとし、施工上すりつけが困難な場合には、標示板等によって通行車両に予知させなければならない。」とされている。

(三) 原告は、自動二輪免許を本件事故の一年数か月前に取得し、排気量五〇ccのバイクを所有していたが、約半月前に友人から本件車両を借用し、度々運転していた。

原告は、本件事故当日午後三時ころ、帰宅し、東京都多摩市鶴牧にある友人宅に本件車両を運転して出かけたが、同日午後一〇時前、友人宅から本件車両を運転して帰宅途中、八王子市堀之内大栗川橋交差点から本件工事区間を通って本件事故現場付近まできた。右工事区間には、前記のとおり擦り付け工事のなされたマンホール蓋や未切削路面との段差が多数存在していたが、原告は、ヘッドライトを点灯させて時速約五〇キロメートルのスピードで走行しながら右段差を発見してこれを避けたり、避けられない場合は腰を浮かせて段差を通過するなどして本件事故現場付近まで走行してきた。

(四) 原告は、本件事故現場先の大田平橋交差点を左折して自宅方向に向かう予定であったが、本件マンホール付近を通過する際にバランスを崩し、本件車両とともに転倒した。本件車両は、本件マンホール手前縁から約八・三メートル先で止まり、原告は、右側(中央分離帯側)前方約六・四メートルの位置に転倒した。

この点について、原告は、左側(歩道側)前方に転倒し、歩道と車道の境に設置されたガードパイプの支柱に衝突した旨主張し、これに沿う証拠として甲五の二、七、丙八の二、証人飯岡茂の証言及び原告本人の供述が存する。

しかし、右各証拠によると、事故直後、目撃者である荒川敏失は、駆けつけた警察官に原告が当初支柱の近くに転倒した旨説明し、右警察官が支柱付近を調べ、事件直後にも、原告の父である飯岡茂も現場付近で傾いた支柱を現認したとされているが、右警察官の作成した現場見取り図の写しである甲四には、原告が歩道側に倒れていたことや支柱が傾いている旨の記載はないばかりか、本件マンホールの右側(中央分離帯側)前方六・四メートルに人が倒れたことを示す記載があり、また、右各証拠によっても支柱の位置や傾いた状況等は全く明らかとならないのであるから、原告の右主張に沿う右各証拠はにわかに信用することができず、したがって、原告の右主張は採用しない。

2  検討

(一) 本件事故の態様

前記認定事実によると、本件事故態様は、本件事故現場付近はやや右に緩やかにカーブしているもののほぼ平坦な道路であり、原告は、このような道路状況であるにもかかわらず、本件マンホール蓋付近を通過する際に転倒したのであって、原告の一年数か月という運転歴、時速約五〇キロメートルという走行速度、路面の状況等に照らすと本件マンホール蓋に乗り上げてバランスを崩したことによって転倒したものと認めるのが相当である。

もっとも、原告が転倒後ガードパイプの支柱に衝突したことの認められないことは前述したとおりである。

(二) 本件道路の管理の瑕疵の有無

本件マンホールの段差は前記のとおりのアスファルトの擦り付け工事により比較的なだらかな斜面となっており、その後も右擦り付け部分が、車両の通行等によりある程度摩耗していたとしても、本件事故当時ほぼ右のような状態にあったというのであるから、道路の構造としては通常の運転方法による自動二輪等の車両の走行にとって必要な安全性は具備していたものといえる。

また、本件工事区間は、本件事故現場の手前約二キロメートルにわたって続いており、その間の路面は粗雑となっており、アスファルトの擦り付け工事がなされたマンホール蓋や未切削路面等による段差が右区間全体にわたって多数存在し、右段差等を注意する標示板等も設置されていたのであって、実際に、原告も右区間(原告が照明が少なかったと指摘する八王子市役所由木事務所から本件事故現場までを含めて)本件車両の運転上格別支障となるような状況にはなかったのであるから、本件道路に段差等が点在していることについての注意の喚起として既に十分であったというべきである。

加えて本件マンホール付近は比較的暗がりであったとはいえ外灯もあり、本件車両の前照灯を点灯して走行していたことをなどを考えると、原告が工事中の道路であることを認識しつつ通常の注意をして走行していれば、本件マンホール蓋の段差は比較的容易に発見することができたということができ、原告主張のように標示板が本件事故現場付近になく、また、本件マンホール蓋に施したアスファルト擦り付け工事部分に蛍光塗料が塗布されていなかったとしても、このことをもって本件道路が通常備えるべき安全性を欠いていたということにはならない。

したがって、被告らの本件道路の管理に瑕疵はない。

第四結論

以上説示したとおりであるから、本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

(裁判官 林豊 都築民枝 小田島靖人)

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